おかあさんの階段

私のがん治療と特性ありの息子を含めた家族の記録を綴ります。

先生ロスを乗り越えるまでの話

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1年間がん闘病を支えてくれた主治医が異動して1か月。


正直、思っていた以上に揺れました。

婦人科の主治医が異動。
たったそれだけのことなのに、ご飯が食べられない。
眠れない。

「自分、こんなに影響受けていたんだ」


そこに重なったのが、息子の発達障害の発覚です。

頭では受け止めようとしていても、
心のほうが追いつかない。

気づけば、食欲も気力も落ちていました。

「先生ロス」という言葉にすると軽く聞こえますが、

実際は、安心していられる場所が、ひとつなくなった感覚に近かった。


あるとき、別の場所で、同じ主治医の話をしている人がいました。

その話を聞いたとき、なぜか先生を取られたみたいな感情がふっと湧きました。

理屈では説明しづらいけど、確かにあった。


もちろん、その人も同じがん患者だし、比べる話でもないことはわかっています。

でも、悲しいものは悲しいんですよね。


そんな状態で、3週間近く眠れず、食欲がわかない日々が続き、精神科を受診しました。

いつもは毒舌な先生が、
今回はじっくり話を聞いてくれて、

「それは辛いよな」
「信頼してたんだな」

と、まっすぐ受け止めてくれました。


あれ、今日は意外とやさしいじゃん(笑)


診断はとてもシンプルで、

「それ、眠れてないのが原因だね」

それまでの眠剤を全とっかえしてくれました。


まだ中途覚醒はあるけれど、以前よりは眠れます。

やはり、眠れるようになると、人は少しずつ戻ります。

気持ちも、考え方も、体調も。


少し落ち着いて、ふと気づきました。

主治医は、他の人にも同じように丁寧に関わっていたこと。
私に対してだけ特別だったわけではなかったこと。


そしてもう一つ。

本当に支えてくれていたのは、日常にいる家族だったということ。


さらに振り返ってみると、

自分自身も、かなり踏ん張っていました。

がんと向き合い、治療の選択を引き受け、最後までやりきった。

主治医は確かに支えてくれました。
でも同時に、クスリは何を飲むか、何を尊重したいか、その判断は常に自分がしてきたのも事実です。


つまり、支えられながら、でも自分で立っていた。


最初は、先生ロスを「恋かもしれない」と思ったこともあります。

それぐらい主治医に頼っていた。夫に苦しさを話しても理解されないことが先生には理解してもらえたから。

でも、それは「恋」とは違っていて、安心できる相手への強い信頼や、支えを失う不安に近いものでした。


今回の経験で強く思ったのは、

人は「支えられること」と「自立すること」を同時に持てる、ということです。


グリーフは、消えるものではなく、時間とともに確実にあたたかな思い出として形を変えていきます。


あれだけ揺れていたのに、今は

「この1年よくがんばったな」

と振り返れるところまで来ました。


もし今、同じように揺れている方がいたら。

大丈夫です。

回復にはいろいろな要素がありますが、

まず一つ確実に言えるのは——

しっかり眠ることは、思っている以上に大事です。


少しずつ、ちゃんと戻っていきます。

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